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思い出(5)

思い出-1

前回、バイターの販売が大島の一大転換期だと申し上げました。今回はそのことについて詳しくお話ししたいと思います。
まず、(バイター)総発売元の明光通商は、飯田橋のマンションの一室で、輸出業務にバイターを扱っていました(※現在は千代田区神田須田町にあります)。
バイターを国内向けに販売するについて、
第1に、その当時、販売戦略としては珍しいテリトリー制を敷きました。
売り先は医療業界と理美容業界に的を絞り、医療業界は東日本と西日本に分けてそれぞれ競争させる、というものです。
第2に、その当時、「売り手」と「買い手」の交渉で決めていた販売価格を統一したことです。末端価格39,500円で販売し、この価格はどこの販売業者から買っても同じとしました。
第3に、その当時、業界では考えもしなかったキャッシュオン・デリバリーによる支払いです。納品と同時に集金ですから、いくら多く売っても資金繰りの心配がない。
以上が(売買)契約の要点でしたが、バイターは飛ぶように売れました。
力士が接骨院に買いに来るので毎日4~5台届けたこともあります。驚いたのは毎日20~30台を売る販売店が現れたことです。しかも従業員はなし、夫婦二人での販売です。どこに売ったと思いますか・・・?
最初は企業秘密と医療業界以外のために教えてくれませんでしたが、正解は青物市場です。夜の明けぬうちから始まる青物市場の人達に実演販売を行っていたのです。

大島の本社は昭和48年建設ですが、バイターの販売から学んだ有形無形の恩恵があったことは確かです。バイターの成功は、商品の力より販売戦略の成功です。バイター販売以前の大島は、手作りしたものを自分の足で売って歩く、儲けを考えない非科学的な父ちゃん母ちゃん工業でした。
バイターの合理的、科学的な販売戦略を目の当たりにし、販売を実行するにつれて販売の重要性、販売の偉大性、「企業は販売なり」を心から実感しました。
さて職域販売、理美容業界の売上は、医療業界の売上げよりも何十倍という大きいものでした。

バイター

思い出-2


(注釈)
明光通商様とは今でも良好な関係が続いています。

http://www.ooshima.me



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