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思い出(6)

思い出-1

前回、お話しをしたように飛ぶように売れていたバイターですが、発売後6~7年頃から売上にかげりがみえ出しました。理由として、次のことが考えられます。
①医療業界、特に当時の接骨院業界は数が少なく、買うべき人が(商品を)買ってしまうと、底割れして後が続かない。
②接骨の先生方は、患者さんに医療機器を売ることに抵抗がある。
③理髪店業界から爆発的に家庭に売れ出したバイターだが、医家向けとしての希少価値がなくなったため医療業界で売れなくなってきた。
④安売りの類似品が出回りだした。

 昭和50年のちょうどその頃、耳よりの話が飛び込んできました。アメリカ留学でカイロプラクティクの勉強をしたS先生が、ローラーマッサージ機器をアメリカから持ち帰ったが、これと同じ物をつくれる工場を探しているという情報です。「バイターがひと区切り」の頃です。早速、S医院を訪れ、試乗と機器の作動原理を長谷川さんと二人でスケッチしました。
長谷川さんとの関係は、当時アメリカで「ナイアガラ」という座布団の形をした回転式マッサージ器が爆発的に売れ、ミリオンセラーのときでした。「このナイアガラ・マッサージの日本総発売元にどうか?」と、ある商社が大島に商談を持ち込んできました。その商社の技術顧問が長谷川さんでした。ロット買い、金銭の先渡し、メンテナンス等の取引条件がネックとなり、ナイアガラの商談は成立しませんでした。
しかし長谷川さんとは馬が合うのか・・・。破談後も親密な付き合いが続き、オスピナは長谷川さん無くしては完成しなかったと思います。

 話はS医院に戻って、医院では夜8時に診療が終わってからの調査です。商品の現物は持ち出せないため、物差しと秒時計だけの測定です。
リバーサルシャフトの寸法がどうしてもとれないので、髪をシャフトに巻きつけて型をとり、後日会社で寸法をとりました。
減速比が刻印されていないので、回転数を数えるなど苦労して、終わったのは朝方でした。


                        思い出-2


(注釈)
昭和50年代、アメリカ製「ナイアガラ」という機器を売りながら、次に出合ったマッサージ器が、後に「当社の大きな柱」となるきっかけとなりました。

http://www.ooshima.me


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