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思い出(8)

思い出-1

オスピナレーターの量産は、高速道路高架下のチョーク図面から始まり、山口漁船修理場。次に今の大阪工場の右隣奥に借地でのプレハブ工場、そして昭和55年8月の大阪工場建設と続きました。大島、マクター、大日のローラー3強の熾烈なシェア争いと、ローラーが飛ぶように売れました。

 今回は、今後の参考にその当時の思い出をお話したいと思います。大島のローラーは回転式ですが、当時日本では、ローラーで背中をマッサージする背骨矯正器が家庭用でありました。
マクターはその特許を買い上げ、「マクター」の名で売り出しました。最初「マクター」を製造していたのは大日ですが、「マクター」が自社工場で生産することに伴い、大日も「ヘルサー」名で製造販売を始めました。
両社とも平面上に並べたローラーの上を、「機械が動くか、人体が動くか、」の違いが実用新案です。いずれもローラーの回転はありません。

 3社ともローラーの開発については、
①ヒントはひょんなきっかけで、見逃してもおかしくないものであった。
②機器はシンプルであった。

 ではなぜローラーがあれほど売れたのでしょうか?
答えは次のような点にあります。
①マッサージ機は座椅子型が主流でベッド型がなかった。
②ローラーが目新しく、他の医療機器や医療機関との差別化商品として先生方の購買意識を刺激した。
③3社がそれぞれの機器の特長と宣伝で、市場での販売の相乗効果を高めた。
④二次店の業者がローラーを意欲的に販売した。


WAVE-Ⅱ

                         思い出-2

(注釈)
大島製作所のローラーはその後さまざま進化を遂げ、現在「インペリアル シンフォニー」・「オスピナレーター フロンティア」・「オスピナレーター R-303 WAVE-Ⅱ」のラインアップで、多くのお客様に可愛がっていただいております。

http://www.ooshima.me

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まとめtyaiました【思い出(8)】

オスピナレーターの量産は、高速道路高架下のチョーク図面から始まり、山口漁船修理場。次に今の大阪工場の右隣奥に借地でのプレハブ工場、そして昭和55年8月の大阪工場建設と続...

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